他者を知ることは知恵。自分を知ることは悟り。 老子
当観無常
万物はすべていつか生滅し移り変わってゆく
無常とは「いつ死ぬかわからない」ということ
生かされている命 感謝のこころで 生活しましょう
死を意識すると、愛するもの、生きることがクッキリ見えてくる 川島なお美
仏(ほとけ)は永遠(とわ)に
月が隠れると、月が沈んだといい、月が現れると、月が出たという。けれども月は常に住して出没することがない。仏もそのように、常に住して生滅(しょうめつ)しないが、ただ人びとを教えるために生滅を示す。人は月が満ちるとか、月が欠けるとかいうけれども、月は常に満ちており、増すこともなく減ることもない。仏もまたそのように、常に住して生滅しないのであるが、ただ人びととの見るところに従って生滅があるだけである。月はまたすべての上に現われる。町にも、村にも、山にも、川にも、池の中にも、かめの中にも、葉末(はずえ)の露にも現われる。人が行くこと百里千里であっても、月は常にその人に従う。月そのものに変わりはないが、月を見る人によって月は異なる。仏もまたそのように、世の人びとに従って、限りない姿を示すが、仏は永遠に存在して変わることはない。『大般涅槃経』
人の美しいところが
見える眼を もっている人は 美しい 野田 風雪
自然の花はどれも美しい。しかし人間の場合はどうでしょうか。容姿にも美醜がありますが その人柄が特に気になります。ともすると嫌な言動のみが眼につき 美点は案外見逃したり妬みの対象になりがちです。
病気になって気付く 空の青さ 空の高さ 空の広さ 直海 玄洋
花の香は風の流れにさからわない
栴檀(せんだん)も伽羅(きゃら)もジャスミンも
けれども善い徳のある人の香は
風にさからっても その徳は流れていく 法句経54番
欲深き人のこころと 降る雪は 積もるにつれて 道を忘れる
こころの鏡が曇ると 正しい物のとらえ方 善悪の判断が 出来なくなる
仏も元は 凡夫なり
凡夫も 末は仏なり これが 仏教である
学校でいえば 生徒は 先生に なる 資格(種)が ある
先生も 元々は 生徒で あった
睡蓮は 泥のなかで生じ 泥のなかで育ち 泥の上で開く
人間にとって人生は いろいろな苦しみ 悩み つらいこと
苦い思いという「泥」の世界です。
ところが、「睡蓮」にとって 泥は 栄養の元です。
ですから 人間にとっても 苦い思いは やがて花開くための
栄養なのです。